不動産の譲渡所得を計算する際に、購入当時の契約書を失くしてしまったことにより、取得費が不明な場合や分からない場合があります。相続により取得した不動産については、このようなことがよくあります。
このような場合、税務上は、収入金額(売却価額)の5%相当額を取得費とみなして譲渡所得を計算するのが一般的です。この計算方法を、概算取得費の特例又は5%ルールによる計算といいます。しかしながら、これは譲渡費用を考慮しなければ、売却価格の95%に対して課税されることになるため、購入時期によっては著しく不合理です。
この記事では、そんな取得費が不明な不動産を売却した方に向けて、税理士・不動産鑑定士がその取扱いを説明します。譲渡所得の大小は、翌年の社会保険料や配偶者控除にも影響しますので、本記事を参考にして、その対策方法を考えてみてください。
相続タックスには「不動産取得費証明サービス」・「不動産鑑定評価業務」があります。いずれも譲渡所得税を節税することのできるものですから、取得費が分からない方はご検討ください。
相続タックス総合事務所は、不動産オーナー様に特化した税理士・不動産鑑定士・行政書士事務所・不動産販売の総合事務所です。
代表者が最初から最後まで、丁寧に、迅速に、真心を込めて、至高の資産税サービスをご提供させて頂きます。
目次
1.不動産の譲渡所得の計算の基本
不動産の譲渡所得の金額は、収入金額(売却価額)から①取得費、②譲渡費用及び③特別控除額を控除して計算をします。
詳細な計算方法については「不動産の譲渡所得の計算」を参照してください。
2.不動産の取得費(基本)
(1) 不動産の譲渡所得の計算における取得費
不動産の取得費は、次の3つの金額を合計して計算します(所法38①)。
- 資産の取得に要した金額(取得価額)
資産を取得したときの購入代金にその資産を取得するために直接要した費用を加えた金額
例)購入価額、建築費用、仲介手数料、登記費用など - 設備費
資産を取得した後に加えた加えた設備費用
例)下水道管引き込み工事費用、太陽光パネル設置費用、カーポート設置費用など - 改良費
資産を取得した後に加えた改良のための費用で通常の修繕費となる費用以外のもの
例)造成工事費用、土壌改良費用、リフォーム費用など
(2) 不動産の取得費に含まれるものの例
- 業務の用に供される資産については、各種所得計算上の必要経費に算入されるため、取得費を構成しません(所基通38-9)。
(3) 減価償却資産(建物・附属設備・構築物)の取得費
建物や建物附属設備、構築物などのように、使用又は期間の経過によって価値が減少する資産(減価償却資産)の取得費は、次の計算式により計算した金額が取得費となります(所法38②、所令85)。
減価償却資産の取得費=取得費等-減価償却費累積額
なお、その譲渡資産が事業の用に供しているか否かにより、控除すべき減価償却費累積額が異なります。
また、業務の用に供している期間と業務の用に供していない期間が混在する場合には、2つの減価償却費累積額の合計額を取得費から控除します。
- 業務の用に供している期間
- H19.3.31以前に取得した減価償却資産
通常の減価償却の計算により、各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるその資産の償却費の額の累積額(W造などは95%まで償却可、RC造などの堅ろう建築物は備忘価額1円を残して100%償却可) - H19.4.1以後に取得した減価償却資産
通常の減価償却の計算により、各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるその資産の償却費の額の累積額(備忘価額1円を残して100%償却可)
- H19.3.31以前に取得した減価償却資産
- 業務の用に供していない期間(非業務用)
その資産の1.5倍の耐用年数に基づき、旧定額法を適用して計算した減価償却費累積額
ただし、減価償却費累積額は取得費の95%が上限となります。つまり5%の価値は残存しているということになります。
譲渡資産が業務の用と業務の用以外の用とに併せ供されていた場合において、当該譲渡資産の所有期間を通じ、当該業務の用以外の用に供されていた部分が当該譲渡資産の90%以上であるときは、その資産の全部が業務の用以外の用に供されていたものとして法第38条第2項(譲渡所得の金額の計算上控除する取得費)の規定を適用して差し支えない。
3.相続不動産の取得費加算の特例
親や祖父母などから相続又は遺贈により取得した不動産を譲渡した場合には、一定の要件の下、支払った相続税の一部を譲渡所得の計算上の取得費に加算して、不動産の譲渡所得を申告することができます。
これを一般に「取得加算の特例」といいます(措法39)。
(1) 取得費加算の特例の適用要件
取得費加算の特例の適用要件は、主に次の4つです。
- 相続又は遺贈により財産を取得した個人であること
- 相続税の申告をしていること
- 相続開始のあった日の翌日から相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年以内に譲渡していること
- 確定申告において適用すること
取得費加算の特例QA
この場合、取得費加算の特例を適用し直した上で、所得税の還付(更正の請求)はできますか?
A. できません。
取得費加算の特例は、やむを得ない理由がない限り、確定申告において適用しておく必要があります。
この場合、取得費加算の特例を適用し直した上で、更正の請求ができますか?
A. できます。
ただし、この場合、相続税の申告書を提出した日から2ヶ月以内に、所得税の更正の請求をする必要があります。
(2) 加算できる金額
取得費加算の特例を適用して、不動産の譲渡所得の計算上の取得費に加算できる金額は、次の計算式により算出される金額です。
取得費加算の特例は、株式の譲渡所得の計算においても適用することができます。
4.不動産の取得費が不明な場合の原則的取り扱い(5%ルール)
不動産の取得費が不明な場合は、概算取得費の特例(措法31の4)により取得費を計算します。
具体的には、次のいずれか大きい金額をもって、不動産の譲渡所得の計算上の「取得費」とします。
- 収入金額×5%
- 取得価額+改良費-減価償却費相当額
A. できます。
A. できます。
A. 控除する必要はありません。
5.不動産の取得費が不明な場合の例外的取り扱い(取得費の査定)
取得費が不明な場合には、概算取得費によらず、不動産の取得費を合理的に査定し、これをもって不動産の譲渡所得の計算上の取得費とすることが実務上認められています。
この取得費の査定方法にはいくつかの方法があり、代表的な査定方法を例示すれば次のものがあります。
- 土地の取得費
- 建物の取得費
- 土地と建物の取得費
このような「取得費の査定」は、有価証券の譲渡所得の計算においてもすることが実務上認められています。
(1) 市街地価格指数による取得費の査定(土地)
不動産鑑定業界の雄である日本不動産研究所が発行する「市街地価格指数」から、取得費不明な土地の取得費を査定する方法です。
有名な査定方法ですが、否認件数が多い査定方法でもあります。市街地価格指数の査定の対象となっている地域と評価対象地の地域との類似性が低い場合には、税務署より否認されるリスクが高くなります。
また、地域や取得時期、取得形態によっては、不動産鑑定評価や地価公示等による査定方法の方が節税効果が高いことがあります。
対象 | 査定難易度 | 節税効果 | 否認リスク | 対象年度 | 対象地域 | 閲覧料金 |
---|---|---|---|---|---|---|
土地 | 高い | 普通 | やや高い | 昭和初期より | 主要都市 | 年5万円より |
(2) 地価公示・地価調査による取得費の査定(土地)
地価公示(毎年1月1日)や地価調査(毎年7月1日)の地価データを基に、取得費不明な土地の取得費を査定する方法です。
同一需給圏という地域概念を理解して評価をすることで、理論的かつ合理的な取得費を査定することができます。
対象 | 査定難易度 | 節税効果 | 否認リスク | 対象年度 | 対象地域 | 閲覧料金 |
---|---|---|---|---|---|---|
土地 | 高い | 普通~高い | 低い | 昭和45年以降 | 全国 | 無料 |
(3) 相続税路線価・固定資産税路線価による取得費の査定(土地)
相続税路線価や固定資産税路線価を基に、取得費不明な土地の取得費を査定する方法です。
購入当時の相続税路線価又は固定資産税路線価を基に画地計算を行って相続税の財産評価額又は固定資産税評価額を算出し、これらを0.8又は0.7で割り戻すことで時価相当額へ引き直します。
ただし、過去の税務訴訟などにおいて、相続税の財産評価額や固定資産税評価額が時価とは別概念であると多く指摘していますので、否認リスクはそれなりに高いと考えるべきでしょう。
対象 | 査定難易度 | 節税効果 | 否認リスク | 対象年度 | 対象地域 | 閲覧料金 |
---|---|---|---|---|---|---|
土地 | 高い | やや低い | 高い | 昭和30年頃より | 概ね全国 | 無料 |
(4) 標準建築価額表による取得費の査定(建物)
国税庁HPに記載のある標準建築価額表を基に、取得費不明な建物の取得費相当額を査定する方法です。
まず否認されませんが、取得費に本来含まれているはずの付帯費用が含まれていないため、実際の取得費よりも低く算出されます。また、地域性や用途性、個別性を反映することができませんので、物件によっては節税効果が相当低くなります。
対象 | 査定難易度 | 節税効果 | 否認リスク | 対象年度 | 対象地域 | 閲覧料金 |
---|---|---|---|---|---|---|
建物 | 低い | 低い | 低い | 昭和25年頃より | 概ね全国 | 無料 |
(5) 建築事例やインデックス等による取得費の査定(建物)
建築事例や建築費のインデックスなどを利用し、取得費不明な建物の取得費相当額を査定する方法です。
前記(4)の方法と似ていますが、付帯費用を考慮することができたり、不動産の地域性を考慮することができたりしますので、前記(4)の方法と比べて節税効果が高い査定方法です。
ただし、個別性を反映することができませんので、建築の施工の質・グレードが高い建物については、節税効果が低くなります。
対象 | 査定難易度 | 節税効果 | 否認リスク | 対象年度 | 対象地域 | 閲覧料金 |
---|---|---|---|---|---|---|
建物 | 普通 | 普通~やや高い | 低い | 昭和初期より | 概ね全国 | 無料~数十万円 |
(6) 不動産鑑定評価書による取得費の査定(土地・建物)
不動産鑑定士による不動産鑑定評価書を利用して取得費不明な土地や建物の取得費を査定する方法です。
不動産鑑定評価書による取得費の査定は、否認リスクが相当に低く、不動産の個別性を十分に反映することができますので、不動産の価格が高額な場合は不動産鑑定評価書を採用するのが適切です。
ただし、不動産鑑定評価書は、取引事例などの関係から、原則として、平成以降の物件しか対応することができないでしょう。
対象 | 査定難易度 | 節税効果 | 否認リスク | 対象年度 | 対象地域 | 閲覧料金 |
---|---|---|---|---|---|---|
土地 建物 | 高い | 高い | 低い | 平成初期より | 概ね全国 | – |
平成以降に中古のマンションを購入しているような場合には「鑑定評価書」が圧倒的に有効です。
(7) 抵当権の被担保債権額による取得費の査定(土地・建物)
銀行からの借入額(抵当権の被担保債権額)を基に、取得費不明な土地や建物の取得費を査定する方法です。
不動産の購入資金を銀行から借入れしている場合は、抵当権が設定されいるはずですから、借入金額(被担保債権額)を登記簿謄本から読み取り、当該金額をもって不動産の取得費とします。
ただし、借入金額をもってその土地や建物を購入しているかは分かりませんから、購入当時のメモ書きや預貯金の入出金履歴、購入時のパンフレットなどと一緒に利用することで初めて合理的に査定をすることができます。
なお、登記記録されているものが「根抵当権」である場合は、取得費の査定には利用できませんので注意が必要です。
対象 | 査定難易度 | 節税効果 | 否認リスク | 対象年度 | 対象地域 | 閲覧料金 |
---|---|---|---|---|---|---|
土地 建物 | 高い | 普通 | 高い~普通 | 昭和初期より | 全国 | 数百円 |
(8) 預金通帳の入出金履歴による取得費の査定(土地・建物)
通帳の入出金履歴から、取得費不明な土地や建物の取得費を査定する方法です。
現金で一括購入しているような場合に適用が検討されますが、メモや購入時のパンフレットなどが無ければ、入出金履歴だけで取得費と査定することは難しいと思います。
対象 | 査定難易度 | 節税効果 | 否認リスク | 対象年度 | 対象地域 | 閲覧料金 |
---|---|---|---|---|---|---|
土地 建物 | 高い | 普通 | 普通 | 昭和初期より | 全国 | 千円~ |
6.不動産の取得費を査定する場合の留意点・否認リスクなど
近年は、市街地価格指数や公示価格を基に査定をした「査定取得費」が否認される事例が増えてきています。ちなみにその否認理由を見てみると、査定取得費に合理性が無いというものがほとんどです。
これを逆に捉えれば、合理的に査定をすることができれば、査定取得費が否認されるリスクは相当低いということもできます。
(1) 取得費を合理的に査定をすることができる土地・建物の範囲
全ての土地や建物について、取得費を合理的に査定をすることができるわけではありません。取得費を合理的に査定をすることができるのは、次の場合に限られます。
- 共通事項
- 確定申告において査定取得費を利用する
- 売買契約書などの取得費に関する資料が存在しない
- 買換資産の特例、交換の特例などの特例を利用していない
- 購入先が親族や知人、同族会社等の特殊関係者でない
- 土地の場合
- 取得した時の地目が宅地である(一部例外もあります)
- 概ね昭和40年以降に取得した土地である
- 取得の原因が「売買」又は「交換」などである
- 建物の場合
- 概ね昭和30年以降(地域によっては昭和50年以降)に新築した建物である
(2) 否認された場合の追加の納税額
仮に、査定した取得費が税務署等より否認された場合は、本来納付すべき税額(本税)に加え、過少申告加算税と延滞税を支払う必要があります。
従いまして、査定取得費を採用して申告をする場合には、事前にこのリスクを認識しておく必要があります。
(3) 既に概算取得費の特例(5%)で申告している場合
既に概算取得費の特例を適用し、確定申告をしている場合には、事後的に推計取得費を基に更正の請求をすることは実務上認められていません。
つまり、後出しはダメということです。
7.相続タックスができること
相続タックスの代表は、過去に公示価格や地価調査の評価業務、相続税評価や固定資産税評価の評価業務に従事していたほか、公的な機関が採用している指数や変動率、格差率を作成する業務に従事していた経験がある税理士・不動産鑑定士です。
不動産鑑定士だからこそ、合理的かつ理論的な取得費を査定することができ、また、税理士だからこそ税務署に対してもその合理性や妥当性を説明することができます。
また、取得費査定の節税効果は、査定方法により異なります。様々な査定方法を熟知しているからこそ、最も納税者有利な申告をすることができます。
取得費不明な不動産を譲渡し、譲渡所得にお困りでしたら、経験豊富な相続タックスにご相談ください。
相続タックス総合事務所の代表は、大手資産税税理士事務所と大手不動産鑑定会社の両方で、計15年の経験を積んだ、この業界でも珍しい税務と鑑定評価の両方の実務経験がある税理士・不動産鑑定士です。
売却不動産の取得費が不明な場合、不動産の収益力の向上・改善、節税対策、事業承継対策、遺留分対策など、不動産に関する様々なアドバイスをすることができます。